工房まるのご紹介
ふだん福岡市内に3箇所あるアトリエで創作活動を行っている「工房まる」。自分たちの希望や得意なことに合わせ、「絵画」「陶芸」「木工」のグループに分かれて、制作しています。「工房まる」を取材したところ、アートをきっかけに様々なことが起きていました。今回はたくさんあるエピソードの中から、一部を紹介します。
アーティストと真っ向対峙
ある日、工房まるに素晴らしい話が持ち込まれました。画家の荒井良二さんとMAYA MAXXさんと、アートライブをしませんか?というお誘い。企画者からぜひ柳田さんにというオファーでした。柳田さんからは「いい経験になりそうだし、やってみようかな」という返事。そんな、この機会に対する重みや緊張を感じられない姿勢に、吉田さんは「よかったね」と受け流すことができなかったそう。「一言いい?どんなにがんばっているアーティストでも、こんなチャンスはまずないと言っていい。『やってみようかな』なんて気持ちなら、この話は断った方がいい。」
叱咤激励を受けた柳田さんは、それから2人のアーティストについて調べ始め、どれだけ大変なことかを実感したそう。障害があるなんて言っていられない。できることをやるしかないという心境で、アートライブに臨みました。柳田さんは「自分にできる限りのことをしました。人から評価を受けるということは、自分にとってもいい経験でした」と振り返ります。
吉田さんは「気持ちが切り替わってからは本当に必死だったと思いますが、あのイベントを境に柳田さんの絵がガラリと変わりました」と話します。「それまでは人に褒められることを意識した絵だったように思うのですが、自分が描きたいものがハッキリした印象です。おそらく力のあるアーティストと一緒に絵を描くことで、表現する、絵を描く、ということに真に向き合えたのだと思います」。
その後、定期的に個展を開催するようになった柳田さん。柳田さんの絵をある人が気に入ってくれたことから、さらに生活に変化が生まれました。その人は不動産会社を営んでおり、絵を購入するのみならず、一人暮らしをしたいという柳田さんの希望を知り、部屋探しを手伝ってくれたのです。現在柳田さんは、朝夜に数時間の介護支援を受けながら、念願の一人暮らしを送っています。インテリアにもこだわり、居心地のよい部屋ができつつあるそう。「最近インターネットでカーペットを注文しました。自分の空間と向き合う時間は楽しいです」と話してくれました。
「僕のことを認めてくれた」
福岡市天神。多くの人が行き交う天神地下街に、石井悠輝雄さんの絵を使ったアイアンアートがあります。これは、障害のあるなしに関わらずプロのイラストレーターが候補に上り、石井さんが選ばれて実現したプロジェクト。「パリの街並みを」とのオーダーに対し、名所をたくさん盛り込みながら、何度も修正を重ねて完成した作品です。石井さんは、作品を受けてデザインを施したデザイナーや、アイアンを組み上げてくれた職人たちとのコラボレーションを楽しんだそう。
「絵を仕事にしたいと考えていましたが、どういう方法があるのか分かりませんでした。まるに来て、自分はオーダーを受けて描くことに向いていることに気づきました。先方の要望にどう応えるか? イメージを固定させず、ふくらませて、表現するおもしろさを見つけました」。「もっとこうできますか?」というクライアントからの修正依頼も、新たな視点を得ることができて楽しいと話します。「経験した分だけ、自分の財産になります。他のまるのメンバーの刺激もあって、自分の絵の幅が広がりました」。
石井さんは、天神地下街の仕事をした後、お姉さんから「もうこれだけの大きな仕事をしたんだけん、あなたがなにであってもいいよ」と言われました。それは石井さんへの肯定の言葉でした。それ以降、様々な日常のことを相談されるようになったのだそう。「仕事を見て、僕のことを認めてくれたのかな?と思いました。僕は障害者で、以前はそれを負い目に思っていたこともあるけれど、いまは自立をしたいと考えています。だからどんどんいろんな仕事をしたい。特にサッカーが大好きなので、地元チームのアビスパ福岡との仕事をやってみたいですね」。
さすが!
酒好きがつくるそばちょこ
陶芸の部屋を訪ねると、そこには工夫を凝らされた道具がズラリ。握力が弱くても器が作れるよう、お椀の中でボールを転がすことで成形できたり、作った数が分かりやすいよう、マドラーを並べる紙の上にナンバリングがされていたり。楽しそうに話しながら作業する人、黙々と器に対峙する人、様々です。
ここから生まれた「さかばのうつわ」というコラボレーションがあります。福岡県糸島市で飲食店「さかもとりょうりこうぼう(2019年12月末で閉店)」を営む坂本浩さんが、「店で使いやすい新製品を開発しよう」と始めたもの。第一弾は、工房まる一の酒好きだという柴田雄策さんと、酒器として使うそばちょこを作りました。「試行錯誤の連続。中を白くして酒の色が分かるように。さらに軽妙なものを目指しました」。軽みを目指して、柴田さんはできる限り薄く造作。口当たりのよさもあって、店舗で使用しながら販売を行ったところ、常連さんを中心にたちまち人気商品に!「酒好きには受けますね。評判も上々です」と坂本さん。その後も、だし巻玉子のための長皿など、コラボは続いています。
さらに陶芸チームは、新たなチャレンジを検討中。それは「せっかく作った商品を、自分たちで営業しにいこう!」というもの。これもまた工房まるの商品でもある「似顔絵名刺」を携え、「まるの器を置いてほしい」とメンバーが考える店へ売り込みをかける予定です。
まとめ
「工房まる」には、支援する人・される人という関係ではなく、対等なものづくりの仲間が働いているという、自由な空気が流れています。吉田さんは「それぞれの障害や個性に合わせた配慮は、公平なステージを作るために当然必要です。そこは僕たち福祉のプロとしての仕事の最前線です。けれどそこから先は、“この面白い人達となにかしたいな”という、ワクワクした気持ちが大切ではないかと思っています」。さらに地域の人たちと一緒にできる取り組みを考えたいと、これからの希望を語ってくれました。
〈まなび〉「障害者だから…」という忖度はなし!
プロとして真っ向勝負した先に、道が拓ける!
工房まる
1997年に開所。2007年にNPO法人まるを設立。福岡市内にある3つのアトリエでは、主に絵画や陶芸、木工などの創作を行う約50名の個性豊かなmaruメンバーと、メンバーの想いに寄り添いながら、それぞれに応じた環境を整えるスタッフたちが活動しています。制作した作品やグッズ、または、そのモノづくりを通して、街や社会との繋がりを生み出し、そこで出会った人たちとの関係性を深めることが、ひとり一人の暮らし、日常にフィードバックできたらと考えています。
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