1992年、障害者の方が働く場として1名からはじまったクラフト工房La Mano(以下、ラマノ)。名称のラマノは、スペイン語で「手」という意味を持ちます。染物や織物などの手仕事を通して社会と関わっていけたら。その思いをつなぎ、東京都町田市の森に囲まれた民家を拠点に活動するラマノ。現在は37人のメンバーと20人のスタッフで、多種の製品や作品をつくっていますが、その姿は「利用者」「支援者」という役目を超えた、一つのチームに見えます。それぞれの能力を生かし、いきいきと働くラマノのみなさんを取材しました。
ヒット作、誕生!
藍色の真鯉(まごい)、朱色の緋鯉(ひごい)、青色の子鯉(こごい)。3匹の鯉と吹き流し、矢車がセットになったラマノの「型染め鯉のぼり」は、年間250セットをつくっても、すぐに完売してしまう人気商品です。1セット42,900円。ラマノの大きな収入源となっています。このヒット商品はどのように生まれたのでしょうか。そのプロセスは決して平易なものではありませんでした。施設長を務める高野賢二さんに伺いました。「施設の初期の頃から勤めていますが、当時は織り糸や手ぬぐいを染める作業が主でした。今よりも販路もなく生産量も少なかったんです。そんな中利用者(以下、メンバー)ができる手ぬぐいと同じ工程で、別の製品や売り上げにつながるものもつくれないかなと探っていました」。
そこで、たまたま参加したのがステンシルで鯉のぼりをつくるワークショップでした。ステンシルは、手ぬぐいをつくる型染めの手法とプロセスが似ています。「藍染の鯉のぼりが出来たら面白いかも」と、手ぬぐいを染める手法を応用して、藍染の鯉のぼりを15体だけつくり、代々木公園のイベント「アースデイ東京」で販売。すると30分で完売しました。翌年は30体つくり、数百円値上げをしたものの、これも30分で完売。高野さんは手応えを感じました。3年目からは他の色の鯉のぼりも増やしていきます。「少しずつ実験的に、種類も数も増やしていきました。いまの形になるまでに数年がかかりました」。
現在は鯉のぼりのセットは、オンラインの他、六本木の雑貨店や百貨店でも販売しています。多くのプレスリリースを送ったうち、声をかけてくれた店舗でした。また、百貨店さんからは、向こうからお声かけをいただきました。こうした地道な積み重ねが、いまのラマノを築いています。
手ぬぐいや鯉のぼりの他に、ラマノではさまざまな製品を制作しています。コースター、Tシャツ、靴下、バッグなどの布製品のほか、アクセサリーやカレンダーなどのグッズ、そして絵画などのアートまで。これらオリジナルの製品のほか、下駄のメーカー「みずとり」への鼻緒用の生地提供や、デザイナー・セキユリヲさんの雑貨ブランド「サルビア」の手ぬぐいなど、OEM(他社のブランドの製品を製造すること)にも取り組みます。こうした製品の種類や取引先も多いなか、どのようにマネジメントを工夫しているのでしょうか。
「まずは現場のスタッフやメンバーが無理のない生産スケジュールでできるかどうかを確認します。他社からコラボレーションの話がある場合は、福祉事業所ですので、そうした事情も含めてお仕事させてもらえるかをあらかじめ話します。たとえば、染めにムラが生じる可能性もあったり、生産数にも限界があったり。とはいっても、クオリティは大切に。OEMの目的は、メンバーの工賃につながること、そして自分たちが普段発信できない相手に商品を通してラマノを知ってもらうことです」
スタッフの中には染め織りや、商品担当の専門的な知識を持つ人もいます。生活支援以外のスタッフを配置することは、工賃アップには直接つながりませんが、1人のスタッフがものづくりと生活支援を並行して行うことは負荷が大きく、離職につながることも。支援とものづくりのバランスを整えることが何よりも大事だと高野さんは考え、メンバーの増加や生産量の増加に伴い専属スタッフを設けるようになりました。
アートの見えない価値とは?
高野さんは「アートには、売り上げとは別の価値、もしくはそれ以上の対価があるんです」と断言します。ラマノが、染色や織物のほかに、絵画や刺繍作品などアートに取り組み始めたのは2006年ごろ。全国的にも障害者支援施設によるアートへの取り組みが活発になった頃でした。製品づくりの得意なメンバーがいる一方、自由に絵を描いたり刺繍をしたりするほうが得意なメンバーがいることに気づき、「アトリエ」の部門を新たに設けました。すると作品を通じ、これまで関わりのなかった人とも接点が増えたそうです。「アートによる発信力は大きいですね。いろんな人の感度に触れやすいのだと思います。目には見えない広報力というか。ラマノの間口が広がりました」。アート活動を始めて16年が経ち、最近は作品の需要や発表の機会が増え、アート活動がメンバーの工賃にも少しずつ反映されるようになってきました。作品を通じてラマノを知る人が増えることが、数字ではわかりにくい、売り上げ以上の対価になっているのです。
作品をつくるメンバーにも変化がありました。平野智之さんは「美保さんシリーズ」の制作や発表を通して、自作について話す機会を得て積極的になったといいます。「美保さんシリーズ」は、ラマノの元スタッフだった「美保さん」を主人公にした絵と文章で構成される物語ですが、2011年に公募展で受賞したことをきっかけに美術館での展示などの機会が増えました。「平野さんはもともとシャイな方で、自分から話しかけるようなタイプではありませんでした。でも『美保さんシリーズ』をつくるようになり、積極的になっていきました。ご両親と買い物に出かけた際、店員に自らトイレの場所を尋ねた姿にご両親は驚かれたそうです。作品展示やアーティストトークなど自分の考えを誰かに伝える機会が、自信につながっていったのではないでしょうか」と高野さんは話します。
「美保さんシリーズ」には、スタッフの朝比奈益代さんの存在も大きく関係しています。大学で絵画を専攻していた朝比奈さんは、平野さんが家で描いた絵を見て、平野さんが何を描き、表現しようとしているのかを対話の中から探っていきました。絵に付随する文章は平野さんがラマノのパソコンで打ったもの。平野さんが編集した作品を台紙に貼るのは朝比奈さんの作業。その協働によって「美保さんシリーズ」は生まれたのです。
地域に出るぞ!
メンバーやスタッフ以外にも、ラマノを支える人たちがいます。広い敷地にある畑や庭の花壇の手入れをしたり、縫製の作業を担ったりするのは、地域のボランティアです。年間の参加者は延べ1,000人を超えますが、地域への知名度はまだまだで、声をかけてもらう地域のイベントには積極的に参加している、と高野さんは話します。「売り上げよりも、ラマノを知ってもらいたいという目的が大きいです」。そんなラマノはいま、新しい挑戦をしています。地元・町田にある無印良品の店舗との企画です。まだ構想段階ですが、着古した衣類や使い込んだ布製品などを預かり、ラマノで藍染めし、リユースするプロジェクトです。それは、ラマノの認知とともに地域への貢献にもつながります。高野さんが度々口にする「売り上げ以上の対価」「数字以上の価値」という言葉。それは障害者の働き方を長い目で考えているからこそ出てくるのかもしれません。「これまでの経験のなかで、目の前の対価では測れないつながりを実感しています。今、種をまいて何年後に花が咲くのかはわかりませんが、いろいろな場所に種をまくことが大事。細く長く続けていきたいですね。まいた種が芽を出し、メンバーの仕事ややりがいにつながった時がこの仕事をやっていて良かったと思う瞬間です」と高野さんは話します。
〈まなび〉メンバーの中に、ヒットのヒントあり!
クラフト工房 La Mano
1992年に障がいのある人たちが生き生きと働ける場として設立。名称の“La Mano”とはスペイン語で「手」を意味しており、施設の設立時に、障がいのある人たちの仕事として、手による物づくりをおこなって行こうという思いから名付けられました。工房では、藍染や草木染などの天然染料で木綿や麻、シルクなどの天然繊維を使って、織り、染め、刺繍、絞りなどの商品を企画製造販売している他、デザイナーや他ブランドとの企画商品なども手掛けています。2006年からはアート部門「アトリエ」を開始し、原画の展示や商品のデザインに取り入れるなどユニークで個性豊かな作品や商品が生まれています。
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