障害のある人が作品をつくるアトリエと、作品展示・販売やグッズを販売するギャラリーを一体化した発信基地。今でこそ、その形態は全国に広がっていますが、その先駆けが、工房集です。社会福祉の理念を根本に持ち、一人ひとりを大事にする姿勢を貫いてきたからこその考えや個性、将来について、工房集・管理者の宮本さんを中心にお話を伺いました。
「好き」だけで仕事になるの?
工房集を運営する社会福祉法人みぬま福祉会は、埼玉県川口市を中心に、県内で20を超える施設を擁する大規模組織です。1980年代、障害のある人の働く権利を求め、みぬま福祉会でも、空き缶潰しや和紙づくりなどの仕事に取り組んでいました。当時の宮本さんの悩みは、それにどうしても馴染めなかったり、パニックを起こしたりと、うまくいかない人がいたこと。そんな中、仲間(施設を利用する障害のある人)のひとり、横山明子さんが、自発的に絵を描いていたことをきっかけに、法人としての方針転換が始まります。
「絵を描くことを仕事にしようとしたとき、スタッフから、『美術が仕事になるのか。辛いことがあることも労働であって、障害者だけが、好きなことを仕事にしていていいのか』という意見も出て、まとまらずにいました。そんなとき施設長が方針を示してくれました。『作業をお金にすること』『社会と繋がること』『豊かに発達していくこと』というものです。この考え方のもと、制作を仕事の中心にする方針へ転換。一日のスケジュールから仲間への接し方まで、悩み考えさせられ、仕事の在り方を変えたのです。天気が良ければ遊びに行き、外で摘んだ花を描いてみることも。その様子を見て、徐々に絵を描こうとする人も出てきました」。
初めて展覧会を開催したのは1997年。7人から始まった制作は、現在では120人を超えるまでになり、その姿勢に共感したプロのアーティストやデザイナー、企業も関わる大きなうねりとなりました。創作活動を行う上で大事にしているのは「一人ひとりを大事にする」ということ。グッズにしやすい作品や売れやすい絵がある一方で、グッズにするのは難しい作品もあり、障害の重さから、すぐには作品として表現するのが難しい人がいるのも事実です。工房集をつくるとき、理事の一人から「作品表現ができる特別な人の、特別な活動を大事にするのか」という指摘があったと言います。それに対して、「『どんな人にも表現の可能性はあるもの。一人ひとりが持っている表現を大事にして、社会に発信していきます』と宣言したことが答えになりました。仲間には得意なことを存分にがんばってもらう。それを、いろんなアイデアを出してグッズにしてお金にしたり、社会につなげることは、職員の仕事だと考えています」。
売れている人だけが、
価値があるわけじゃない
一人ひとりを大事にする姿勢は、給与体系や著作権契約にも現れています。「みんな仕事をしていることに変わりはないので、まずは毎月の基本給与を決めています。そこに、著作権契約と作品利用に関する同意書をもとに、個人で売上があれば+αで利用料などが入ってくる仕組みです」。もっと稼ぎたいという人もいれば、売上げが多い人への嫉妬や、仲間同士の刺激もあるそう。しかし宮本さんは「売れている人だけが価値があるわけではありません。のんびり過ごしている人がいることが、全体にとってすごく大事なことだったりするんです」とも話します。重度の障害のある人もいる中で、スタッフは一人ひとりがかすかに放つサインや動作にじっくりと向き合い、試行錯誤しながら長い目で、表現につながる何かを見つけようとしています。
工房集の近くに建つ「川口太陽の家」も、創作活動が盛んです。私たちが取材に行ったときには、作品を見にきたと知ると、休憩をしていた人たちが次々と制作を始め、自ら解説してくださり、あっという間に熱気を帯びました。また、思わぬ表現が作品につながることもあります。長谷川昌彦さんは、ステンドグラス作品をつくる際に出るハンダの残りを「もったいないから」と集め、小判型の延べ棒にしていたところ、それが「作品」として美術コレクターに大好評。これを受け、長谷川さんは今では、この作品のためにわざわざハンダを溶かしてつくるほどの熱の入れようです。海外にも作品購入待ちのコレクターがいるほどだと言います。
アトリエの外とつながり、広める
工房集では、企業とのコラボレーションも盛んです。宮本さんはかつて、企業側のメリットのみを強調する「社会貢献」という言葉に、違和感があったと言います。しかし近年は、互いの方針を理解し、行動を共にできる企業も増えてきたそう。仲間の一人、大倉史子さんは手描きしたBEAMSのロゴがハンカチーフとして採用されている人気作家です。アパレル会社であるBEAMSと工房集が協働するきっかけになったのは、女優の東ちづるさんの紹介もあり、工房集に見学にいらっしゃったんです。福祉のことはわからないけれど……という方たちで、最初はおよび腰だったのですが、作品の魅力と作家本人の魅力を感じてくれたことが一番ですけれど、私たちの活動や工房集の持つ空気感にとても共感してくださいました。それ以降、定期的に、パンツやシャツ、財布など工房集の仲間たちがつくった作品とコラボレーションするようになりました。実は、工房側から企業に営業をかけたことがないんです。全て、人と人とのつながりを基にやってきました」。
近年では、工房集の職員向け新任研修で、利用者自身がアトリエについて話す機会や、大学の講師として講義を行う機会もあるそう。「織り」を得意とする納田裕加さんは、目白大学の作業療法学科で、さおり織りの指導と講義、講評を担当しています。「自分で織るのは楽にできる。でも、学生の織ったものを講評するとなると、どう評価したらいいのか悩むし、難しい。講師料がもらえるのはやっぱり嬉しい」と話します。また納田さんは、仲間で取り組む自治活動のなかで、給与などについて考える「仕事委員」に所属。以前から所属している自分と、新しく入ってきた人の給与が同じなのはおかしいと提案したことをきっかけに、経験年数に応じて払われる「経験給」が導入されたそう。手を動かし給与を得ていくこと、そのお金で好きなものを買う楽しみにも、積極的に目を向けています。
アートで食べていく道をつくるきっかけとなった工房集所属の作家・横山明子さんは、午前中、時折、私たちのことを気にかけながら、のんびり時間を過ごしていました。その間も、誰もそれを非難したり働くよう命令したりはしません。互いがそこに居ることを肯定し「一人ひとりを大事にする」という法人の信念を実践しています。そしてその輪を、展覧会開催や商品化などを通し、波紋のように周囲へと広げていく姿を垣間見た気がしました。
〈まなび〉最初から完成形でなくても、
疑問を出し合って、始めてみる
社会福祉法人みぬま福祉会 工房集
当法人は「どんな障害があっても受け入れる」ことを理念に1984年に発足し、現在では埼玉県内で22の事業を展開し、300名以上の障害がある人たちが利用しています。 工房集はギャラリー、アトリエ、ショップ、カフェの4つの機能を持ち、法人内の表現プロジェクトを社会につなげるための活動拠点として、2002年に開設。現在は法人全体で11のアトリエを中心に150名ほどがさまざまな表現を生み出し、国内外での展覧会への出展や企業との協働など、活動が多岐にわたっています。
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