アートやファッション、映画など様々な活動が注目を集める「やまなみ工房」。ここではおよそ90名の障害のある人が、何かを作ったり、作業をしたり、散歩したり、寝転がったり、思い思いの時間を過ごしています。大切にしているのは、一人ひとりのやりたいことに寄り添い、その人らしく安心して過ごせる場所であり続けること。そして「福祉施設だから」「障害があるから」というステレオタイプなイメージにとらわれ、それを押し付けないこと。のびのびと創作できる「やまなみ工房」のアトリエからは、たくさんの作品が生まれています。
かっこいいものは、かっこいい
「やまなみ工房」にはたくさんのアーティストがいます。毎朝、送迎車から降りるとそれぞれ自分の制作場所へ向かい、創作が始まります。絵画や粘土造形、糸や布を使った作品など素材も方法も実にさまざま。それらの作品を展覧会に出品してほしいと、日本全国はもちろん、ヨーロッパやアメリカなどからも声がかかります。海外のアートフェアで作品が売れることもあります。プロのアーティストでも作品を売ることは簡単ではありません。それでも「一番大事なのは日常。だから高い評価を得ても僕やスタッフは案外無頓着。本人も社会に評価されようと思って作っているわけではありません」と施設長の山下完和さんは話します。
ファッションの分野では、パリのファッションウィークにも参加するデザイナーが工房の作品を取り入れた洋服を作っています。「DISTORTION3」という名のブランドは、クリエイターと工房の出会いによって誕生しました。「どのように作品を使うのかはデザイナーに任せています」と山下さん。“障害者の”ということを前面に出すのではなく、プロの手によってデザインされた洋服を販売しています。「普通にかっこいいものはかっこいい。一人のアーティストの作品として発信してもらえる」。山下さんや工房のスタッフもいろんな場面で「DISTORTION3」の服を着ています。
自分の子の作品が売れたこと、作品を使った洋服を有名人が着てテレビに出ていたことなどは、家族にとってとても嬉しいことです。山下さんは、「障害者に対する偏見でつらい思いを経験してきた家族が、自分の子供を誇りに思える瞬間や、長生きしてよかったと思える瞬間を増やしたい」と考えています。
いつもワクワクする方を!
ファッションやアートなど、福祉とはまったく異なる世界との出会いを、遠ざけるのではなく引き込んでいく。面倒に感じることや、知らないことに対する不安よりも、「常にワクワクする方、面白い方を選んできた」と山下さん。街の素敵なカフェやテーマパーク、ショップなど、魅力があるところからこそ多くを学び、福祉の分野にとどまらない、多様な出会いを引き寄せ独自の取り組みに繋げてきました。工房にあるライブハウス「Ban Boo Bon(バン ブー ボン)」での音楽ライブも、ワクワクすることの一つです。ライブに出演するのは、スタッフが熱烈なファンだというアーティストばかり。音楽業界やアーティストとのつながりが何もなくても、会いたい気持ちをまっすぐに伝えて数々のライブを実現してきました。
大好きなアーティストのライブに、県内外から集まったファンは、実はライブ会場が福祉施設だと後で知ります。併設するショップでグッズを購入したり、アーティストの後ろに飾られた作品を見たりして、障害者との接点が自然と生まれます。取材に訪れた日のライブでは、出演アーティストが自身の言葉で工房や作品との出会いを語っていました。「障害者を理解してよ!と訴えるだけじゃなく、一人でも多くの人が楽しんでくれることが大切。その先に、彼ら自身や作品のことを知ってもらえたらうれしい」。いつかは、ここに通う人たちに直接出会って、障害や工房のことを知ってもらうことが、障害者や施設の理解への一番の近道だと山下さんは考えています。
やりたいことをやろう
2018年に「やまなみ工房」を舞台にしたドキュメンタリー映画「地蔵とリビドー」が公開されました。監督の笠谷圭見さんは、2011年から「PR-y(プライ)」というプロジェクトで障害者の創作活動を社会に発信しています。前出のファッションブランド「DISTORTION3」も「PR-y」の活動の一つです。「地蔵とリビドー」では、工房の日常がオムニバス形式で紹介されます。例えば、「目・目・鼻・口」と唱えながら粘土に穴を開けていく吉川秀昭さん。大好きな人をモチーフに小さな粘土の粒で覆われた作品を作る鎌江一美さん。岡元俊雄さんは、専用の部屋で寝転がり、割り箸に墨汁を使って躍動感あふれる線を描きます。集中して創作に励む様子はまさにアーティストです。そんな一面に加え、山下さんとの何気ないやりとりなど、様々な角度で工房に集う人々の魅力を伝える映画です。
山下さんは取材中「彼らの人間性に惚れ込んでいる」と何度も話していました。だから工房に通う魅力的な人たちが、どうすれば毎日を笑顔で過ごせるのかを考え、実践し続けています。「したくないことをするよりも、やりたいことをやって毎日を豊かに過ごす。そこからお金を得られて自分のやりたいことに使える瞬間が生まれたらいいな」と山下さんは考えています。
〈まなび〉「楽しいこと」「かっこいいこと」の先に
障害者との出会いがある
やまなみ工房
1986年無認可作業所として2名のスタッフと3名の利用者でスタートし、その後1997年に法人化、現在では60名定員の多機能型事業所として運営する。障がいのある人が、その人にあったテンポで興味や関心のある活動を中心に行い、個性や感性が活かされるようなものづくりをする中、一人ひとりの生きがいや充実感を一層深められるよう取り組んでいる。様々な表現から感じる個々の本質を大切に、感性とは何か、豊かさとは何かを考え、それぞれの可能性、そして「幸福」が無限に広がる事を目指す。
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