障害者とアートで仕事をするデザインスタジオ

イメージではなく
生身の人間と出会うPARTNER 06
るんびにい美術館/岩手

るんびにい美術館のご紹介

るんびにい美術館のカレー

岩手県の中西部、花巻市内にある「るんびにい美術館」では、制作者本人が学校で話す出前授業の実施など、美術館の枠を超え活動を継続中です。カフェも人気で、「カレーがおいしい」と評判を聞きつけ、遠方から訪れる人もいるほどその気軽さが人々を惹きつけています。

敷居は低く!間口は広く!

「るんびにい美術館」に入ると漂ってくるのが、焼きたてのパンの匂いや、カレーのいい匂い。開店直後からカフェで待ち合わせする人たちがいて、美術館であることを忘れてしまいそう。カフェの周りで、展示や、メンバーの作品が使われたグッズ販売などが行われています。当館ディレクターの板垣崇志さんは「美術に関心の強い人が来る場所=美術館だと思いますが、ここではあくまでも敷居は低く、間口は広く。きっかけは、カフェのカレーでも、絵葉書でも、何でもいいんです。まずは、障害のある人に出会ってもらうことを大切にしています。」と話します。

るんびにい美術館 ディレクターの板垣崇志さん

その一例が、福祉実験ユニット「株式会社へラルボニー」との取り組み。るんびにい美術館の展示を見たことをきっかけに企画構想が始まりました。メンバーの作品をネクタイやブックカバーなどデザインに応用した製品を企画し、幅広く事業を展開中です。2階にある作品制作を行うメンバーのアトリエは、誰でも予約なしで訪れることができます。私たちが訪れたときも、7名ほどのメンバーが、思い思いに制作中でした。いきなり知らない人が来ても歓迎されるオープンな雰囲気で、中には、作品を紹介しながら「この作品がおすすめ」「この人はこんな人」と案内してくれるメンバーも。

福祉実験ユニット「株式会社へラルボニー」との取り組みによるデザインに応用した製品

「障害のある方の作品展示をメインにしていますが、年に1回は、そこから離れたテーマでの展示も行っています。以前、大阪・釜ヶ崎で元日雇い労働者の方たちを中心にしたアート活動を行っているゲストハウス『ココルーム』を再現する展示をしたら、これをきっかけに実際に現地に見学に行った方がけっこういらっしゃいました」。他にも、動物保護などさまざまなテーマで展示を開催。根底には、興味への入り口を広げることで、生命のあるものが等しく持つ「命の正当性」を感じてもらいたいという意図があると言います。

ルンビニック・アーティスツ

自分も変わり、相手も変わる

るんびにいのコンセプト、「障害のある人に出会う」機会をより積極的につくるべく生まれたのが、施設に通うメンバーが中学校などで講師をする「であい授業プロジェクト」です。メンバーの中には、授業する経験を重ね、自己肯定感や自尊心を強くした人がいます。小林覚さんは、地域の中学校などで、自身の生い立ちや家族について伝えてきました。最初は写真に写るのが苦手そうだったそうですが、今は笑顔で積極的に写り込むほどに。授業前と授業後では、生徒たちにも変化があるそう。「最初は、挙動不審なお兄さんが来たぞ、困ったなと戸惑い気味の生徒たちも、覚さんの生きてきた時間を知り、内面を覗くことで『障害のある人』ではなく『小林覚という一人の人』として見るようになるんです。授業について家族に興奮気味に話す生徒がいたり、何週間か経ってから、『覚さんの作品はまだ学校にあるのかな』と気に掛ける生徒がいたり」。

であい授業プロジェクトにより講師をする小林覚さん

中学生に話をするということにも、大きな意味があると言います。「義務教育である中学校での授業は、該当地域の子全員に出会える絶好の機会だと考えました。自立心や自我が芽生え始めた年代の子どもに話すということは、たとえ保護者が障害に対して否定的な考えを持っていたとしても、自分自身が目にしたことや考えたこととして捉えてくれるはずです。障害者だから配慮が必要、という一般論としてではなく、一人の人に出会ったという記憶が残っていくと考えています」。現在は、美術館の見学やシンポジウムなどで授業を知り、取り組みに共鳴した人々を中心に、宮城県や青森県などでもこの出前授業を広げようと奮闘中です。

るんびにい美術館のアトリエ

「あなたはどうしたいか?」

るんびにい美術館のアトリエは、障害のある人への就労支援ではなく、生活介護事業として運営されています。「現時点では、メンバーの制作を金銭収入に結びつける積極的な支援はおこなっていません。経済を意識することなく表現している現状から、作者は深く安定した充足感を得ていると感じます。でももし、作品をもっと積極的に売ってお金をもらって旅行に行きたいとか、もっと二次利用に使ってほしいなどの意志のある人が現れた時には、自己実現の応援としてそのような方向も支援したいと思います」。中には、金銭に基づいてではなく、それまで築いてきた関係性を基に作品のやりとりをする人もいます。メンバーの一人、似里力(にさとちから)さんは、生成りの綿糸を等間隔に切っては結び、切っては結びを繰り返し、「糸っこ」をつくるのが日課です。たびたびアトリエを訪れ取材に来ていたある記者に、似里さんが「糸っこ」をプレゼントしたことがあるそう。「転勤前、最後の訪問になったこともあって、喜んで下さったようです。似里さんの場合、糸を売るという発想はなく、その代わりに『あげる』ことがあります。それは似里さんにとって、とても心のこもった行為です。誰かが欲しがったからといって、あげるわけではない。もらえるのは、似里さんが「この人に贈りたい」と思った人です。でも欲しいと強く言われ続けたら、相手の要望に押し切られてしまうこともあるかもしれない。そのような場合には、本人の意思が守られるようスタッフの介入も必要です。どこまでスタッフが介入するのか、代弁者になれるのかは難しいところではありますが、一緒にいる中で感じられる想いやサインを、できる限り汲み取り、大事にしたいと考えています」。

生成りの綿糸を等間隔に切っては結び、切っては結びを繰り返し、「糸っこ」をつくる似里力さん

一人のひととして障害のある人と知り合う機会がある花巻の若者に、少しばかりの羨ましさを感じます。多様性、共生社会といった言葉は、こうした地道な取り組みに支えられて、はじめて根付くものなのではないかと感じた取材でした。

〈まなび〉「障害者」ではなく、〇〇さんと出会う。
そのための方法はいろいろ!

るんびにい美術館

岩手県花巻市にある小さな美術館。社会福祉法人光林会が運営。就労事業のカフェとベーカリー、生活介護事業のアトリエ、そして法人公益事業のギャラリーからなる多機能型の福祉事業所でもあります。アトリエは平日午前中の活動を公開していて、見学自由。ギャラリーは知的な障害のある作者による造形表現を中心に、「命」のありかへと心をいざなうあらゆる表現物を紹介します。

WEBSITEを見る